元第二新卒・既卒社長インタビュー

社長も昔は既卒・第二新卒だったVol.3|金田 和也(株式会社フルアウト)

Saki Nagasawa

社長も昔は既卒・第二新卒だったVol.3|金田 和也(株式会社フルアウト)

社長プロフィール

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高校時までプロ野球選手を目指す。怪我による無念の断念。その後、経営者になるという新たな夢を描き、それをまさに実現させている。飛び込み営業、インターン、ベンチャー入社、様々な経験を経て2013年、26歳で株式会社フルアウトを設立する。

できることをとにかくやる。全部やる。
フルアウト(full out)=「妥協なく全力でやりきる」という社名にも込められた想い、今までのご経歴からお話を伺ってきました。

働くか学費を自分で稼ぐか、迫られた選択

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「経営者になる」と高校生の時に決心されたとのことですが

高校までずっと野球一筋だったんです。プロ野球選手を目指してました。本当に野球しかやってなくて、英語はアルファベットの…Lから分からないような状態でした笑。体育も足を怪我をしないためにサッカーはやらないなど、野球にマイナスになることは一切やらない、そんな徹底した生活でした。プロ野球選手になるために高校の時に宮崎の方に野球留学して、寮に入っていたんです。

しかし、そこで腰の怪我をしてしまって、試合も出れない状態で。一気にヒマになってしまったんですね。歩くこともできなかったんです。仕方なく寮でテレビをみていたんです。そこに映し出されていたのがちょうど、ライブドアの代表を勤めていた堀江さんがプロ野球を買収するニュースでした。それを見て、「野球選手になれなくても、経営者になって成功すればプロ野球を買収できるんだ!」って思ったのが僕の夢の始まりだったんです。

それが経営者になると決心したきっかけなんですか?

はい、「東京の大学に行って経営を学ぶ」という軸で大学に行こうと決心し、勉強を始めました。ただ入学後、それまでの野球ばかりやってきた反動なのか、大学1年、2年のころはものすごく遊んだんです。ただ大学3年時にリーマンショックの影響で、実家の事業も大きな影響を受けて学費を出してもらうのが難しくなったんです。その時に働くか、学費を自分で稼ぐか、選択に迫られました。

僕は大学が楽しかったので学費を自分で捻出することにしました。しかしアルバイト求人雑誌を見ていたのですが、そうそう学費を稼ぐレベルの求人ってないんですよね。その時「完全実力主義、年収1000万、夢のある若者集まれ」というキャッチコピーに惹かれて入社したのが飛び込み営業の仕事だったんです。やっぱりきついものなんですよ、これが。マンションに飛び込んで営業をかけているのですが、怒鳴られるし場合によっては警察呼ばれるなどもありました。営業会社だったので、契約とれないと非常に怒られますし。ただ多くの人が辞めていく中で残っているのはやはり精鋭部隊で。営業っぽい人が残るとかそういう訳ではなく、ともかくできる事を全部やる人っていうのが残ってました。

仕事の後皆で飲みに行って、営業成績の話になったりするんですけど、ちょっとした会話のかけあいから「じゃあ俺売ってくるわ!」ってその場で契約とってくる人とかいて。すごいですよね。営業の時間じゃないから営業しないとかそんな考え方ではなかったんですよね。ともかくその時できることを全部やる、能力とかあんまり関係ないってことをその時に学びました。そういう人達と話すのがすごく楽しくて。ベンチャー企業で働く楽しさを覚えてしまったので、学費を稼ぐことができた後も他の会社でインターンとして働くようになりました。

「お前、うちの会社じゃもったいないよ。」内定先に告げられ別の会社に入社した新卒時代

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新卒時代時代の就職活動って普通にやってました?

はい、普通にやってました。リクナビとかマイナビとか使って。1社目の会社の決め手は「最先端のことをやっている」というところに惹かれたというものでした。実は内定をもらって入社する予定だった会社の上司に「君、うちの会社じゃもったいないんじゃない?」って言われて。新手の内定取り消しかと思いました笑。実際内定取り消しということではなく、そこの社長さんもすごく腹を割って話してくれて、「うちでも全然いいんだけど、もう少し会社を見た方がいいんじゃない?」って言ってくれたんです。自身が守りに入って就職活動していたということもあって、活動を再会し、他の会社を紹介してもらったりしていました。入社を決めることになった会社は非常に熱いベンチャー企業でした。そこの社長が苦しかった時のエピソードを赤裸々に話してくれたり、まだ入社を決めかねている段階での飲み会でいきなり説教されたり笑、めちゃくちゃ飲まされてなぜか新宿アルタ前で「起業するぞー」って宣言させられることになったり笑。こんなめちゃくちゃな社会人いるんだっていう感動もありました。ここまでひけらかしてくれるなら、自分も覚悟もってやろうと決意し、入社しました。

「3年で独立する。」自分を追い込むために周りに宣言

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迷いや葛藤などないようにみえてしまうのですが…独立までは順調でした?

いや、もちろん迷うこともぶれることもままありました。1社目では広告の営業をやっていたんですね。今まで飛び込み営業やベンチャー企業でのインターンなど経験してきましたが、やはり学生というセーフティネットの中で、自分をセーブしていたなと実感しました。とにかくがむしゃらに働きました。朝4時帰りや会社に4泊するなどが当たり前で、そのきつさもあったのですが、結果に対するプレッシャーもありました。

僕が新卒だったころって就職氷河期で就職浪人の若者を救う為に支援制度があって、うちの会社もその制度を導入していたんですよ。それで学生を何人かインターンという形で働かせていたりして、その人たちも内定欲しさのために一生懸命働くんですよ。彼らが雑用もやってくれるので、僕は1年目でも、雑用をやらせてもらえなかったんです。正社員という守られた立場で、月給でお給料をもらっていて、絶対に結果を出さないわけにはいかないなという責任感がありました。過酷な事はいくつかあったのですが、起業するという前提で働いていたので、「その時は今よりもっときつくなっているかもしれない。だからこんなとこで根を上げているわけにはいかない。」という想いが自分を支えてくれたのですが、やはり葛藤することもありました。

僕の場合、マネジメントの部分では、僕が今までそうやって鍛えられてきた事、それをそのまま部下に強要してしまい、何度か失敗しているんです。4泊5日とかそういったことが僕にとっては当たり前だったのですが、それをそのまま教育しようとしてしまって、具体的には部下が辞めてしまったりしたんですね。それは本当にショックでした。「皆が皆、お前じゃないんだから」という言葉も何度も言われましたし、部下に合わせる努力をして、早く帰って仕事が終わっていない本末転倒な状況になってしまってました。やり方がダメだっていうのは分かっていたけれども、それ以外のやり方を知らなかったんです。

そんな時上司についてくれた人がいて、その人がすごかったんですよ。僕はその人にマネジメントを学びました。一回り以上年上なのに皆に対して常に敬語。こちらの話をものすごく丁寧に聞いてくれるんです。失敗に対しても一度失敗させてくれるんです。それを攻めるのではなく、まずやらせてくれてそれで失敗した時に「仕事ができる人はこういう時こうやるんだよ」とふわっと教えてくれたり。言い方にも非常に気を遣ってくれて、気付きを与えてくれる方でした。その人の下についていると結果も出てくるので、僕だけでなくみんな慕ってました。会社全体として悪かった雰囲気が良くなったりして、その方からは本当にたくさんのことを学んだと思います。まず相手をちゃんと理解する。その考え方は、会社を経営していている今も活きています。

独立にはどのように至ったのですか?

やはり3年で独立するって宣言していましたから。そういって1社目の会社にも入社したのですが上司が「そのことはどんどん周りに言っていった方がいい」ってアドバイスをくれたんですね。当時は周りに宣言をしておくことで助けてくれる人が現れるとかそういうことだと思ってたのですがちょっと違ったんです。宣言することで、自分を追い込むことにつながったんですね。入社して1年とか2年たってくると、ありがたいことにたくさんお仕事の誘いも受けたんですよ。「起業を考えているならなおさら良い経験になるからこの仕事やってみないか」って。それで迷ったりブレそうになった時に、自分でそう宣言していたことが自分を追い込むことにつながったんです。

起業してからも、一筋縄では行かなかったと思うのですが一番きつい時ってどんな時でしたか?

ありましたありました。2013年の年の瀬です。一番大きなクライアントから突然広告の緊急停止っていう連絡があって、もうわけがわからない状態なんですよ。事業を支えるくらいのクライアントだったんでお金がどうしても回らないっていう自体になって。電話もメールも連絡つかないし。そこでこの事務所にとにかく集まって、自分たちが今できることで戦略を立て直していました。これからの事業計画を、このホワイトボードいっぱいに書き出して。年明けの初詣は明治神宮に行ったのですがあの人ごみの中で一歩一歩すすみながら、「やるしかないよな」「やるしかないよ」って一緒に会社を立ち上げた井坂とお互いにそう言い合ってました。
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やはり自分たちにできることは営業なんで、知り合いの人に頼みまくって、売れるものなら何でも売らせてもらいました。電話を買ってきて、テレアポのところから。自分たちにできることをやるしかなかったんです。そんな事もありましたが、今では新卒を今年から5名迎える会社にまでなりました。

第二新卒へのメッセージ 「素直でいいと思う。」

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第二新卒へのメッセージをお願いします!

働いていて、また例えば新卒で入社した仕事を辞めてしまって、自信を失うこともあると思うけど、そこで働いたって事、入社したってことは何か自分のどこかが認められたっていうのは紛れもない事実だと思うんです。それが例えば仕事の緻密さとか、言葉遣いの丁寧さとかなんでもあると思うのですが、どこかは認められているってことだから。まずはそこを見失わないで、そこだけはしっかり守ろうって頑張ればいいと思います。見てくれる人は絶対に見てくれますよ。

本当に、素直で良いと思う。だめな自分をさらけだしていいと思う。
失敗してもいいじゃんくらいの気持ちでいいんじゃないですか。一歩踏み出せない時期、僕にも全然ありました。こうやって話すと人生ガンガンに進んできたようにみえてしまうかもしれないのですが。営業嫌だなって思ってた時期ももちろんありましたし、ニートのような状態になったこともありました。学費を捻出するのが終わった時、なんにもやる気起きなくて。でも求人ページをただぼーっと見て。それでぽっと気になったところが最初のインターン先だったんです。ネガティブになる必要は全然なくて、ただできることからやっていけばいんじゃないかと思います。

編集部から一言

お話を伺っていて、びっくりして口が空いてしまうほどの行動力や実績があり、本当に自分に厳しい方なのだと感じました。そんな確固たるものを持ちながらも他人の失敗を許容し、認める優しさ、そのギャップが非常に印象的でした。「できることからやればいい」というメッセージは至ってシンプル。「できることをことをやる。素直に。」ありえないミスをしたり結果が出なくて落ち込んだり、就職活動への一歩が踏み出せそうにない状態になってしまうこともたくさんありますが、シンプルに、がむしゃらに、できることから、全部やっていこうじゃないか。

取材協力:株式会社フルアウト

Saki Nagasawa

埼玉県出身で五人兄弟の長女。元既卒。新卒時代、新聞記者を目指し就職活動を行うも見事に失敗。その後、ビジネスモデルや理念に共感しUZUZに入社。主にキャリアカウンセリングと営業を担当。日々、就業者の悩みや企業の人事担当の課題に耳を傾け、双方に価値提供できるよう尽力している。

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